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磯田道史の嫁や結婚のこと古文書おたく図書館で倒れた!大学転入の過去

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磯田道史先生(歴史学者)が情熱大陸(1月22日TBS系列23:15~)

に出演されます。

奥さんと結婚したときの逸話も面白いです。また古文書に対する強い情熱は半端ではありません。古文書オタクですね。

古文書が仕事であり趣味である人。

磯田の実家は鴨方藩重臣の家系で岡山池田藩の傍系です。

 

小学生の時に祖母から家に代々伝わる古文書を渡されて、中学時代からなんとか読みたいと思って、高1のときには古文書解読用辞書を手に入れて。それからしばらく、学校の勉強はしなかったのです。環境が整っていたこと。

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家に古文書のある家庭って早々ありませんよ。

そういう意味から言っても、磯田道史さんは恵まれていました。

また京都府立大学から慶応大学に入り直してとりあえず歴史の本は全部読もうと思って食事もせずにこもっていたら、5月に館内で倒れました。

係の人に抱えられて、救急車で近所の病院に運ばれました。

確かに、勉強しすぎて図書館で倒れる人はなかなかいませんね^^

さてそんな磯田道史先生の経歴や嫁や結婚のこと、なぜ大学を変わったのかも紹介した位と思います。

磯田道史のプロフィール

氏名:磯田道史(いそだ・みちふみ)

生年月日:1970年12月24日(46歳)

出身高校:岡山大安寺高校

 

出身大学:京都府立大学文学部史学科から慶應義塾大学文学部史学科に進学

 

慶應義塾大学文学部史学科卒業後2002年同大学院文学研究科博士課程修了、「近世大名家臣団の社会構造」で博士(史学)号取得。

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古文書オタク

『近世古文書解読辞典』を使って実家や岡山県立図書館の古文書の解読を行う。

高校時代には古文書の解読に関しては大学の先生レベルの知識は持っていたようです。

水本邦彦が教員にいたことや、京都には古文書や史跡が多そうだったことから京都府立大学文学部史学科に進学しました。

しかし、京都府立大学は磯田道史が京都府立大学に進学した時には、大学院がなかった。図書館も小さかった、などの理由で慶応大学を目指します。

慶応大学には速水融と先生がおられた。

数量経済史という歴史学をやっていることを知ったんです。

江戸時代の乳幼児の死亡率とか、平均寿命とか、女性の平均結婚年齢の地域ごとの比較とか、そういった数字を出す研究です。磯田先生はこれはおもしろいと思った。

この国の歴史学は思想ばかりを追いすぎている、普通の民衆の生活の数字を見る歴史学を学びたいと思って、大学の単位を取りつつ、歴史の本を読みつつ、再び受験勉強をして慶応大学に移ったんです。

慶応大学への受験は大変だったようです。

著書に『武士の家計簿』『日本人の叡智』(共に新潮新書)『殿様の通信簿』(新潮文庫)『江戸備忘録』(朝日新聞出版)などがある

 

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職歴

2004年茨城大学人文学部助教授、2007年准教授。2008年 - 2011年国際日本文化研究センター客員准教授。

2007年-2009年読売新聞読書委員、永青文庫評議員、2012年東京歯科大学客員准教授、2012年静岡文化芸術大学文化政策学部准教授、2014年同大学教授を経て2016年より現職。

毎日新聞書評委員を務める。

結婚と嫁のこと

編集者島地勝彦との対談でカミングアウトしています。

35歳で奥さんと結婚したこと

とあるギャラリーで出会って運命を感じたらしい。

といっても女性のケツを追いかけてきた人ではないので、彼がどんな妻を娶ったのか非常に興味がありますね。

でも画像はありません。残念ながら。

現在は京都市内で妻と子供2人と暮らしています。

 

結婚までは童貞であったこと。

なんと正直な人でしょう。

磯田 わたしは妻と35歳のとき結婚したんですが、ちょうどシマジさんに出会ったころと一緒なんです。

立木 シマジの紹介じゃないだろうな!

磯田 わたしが自分で一世一代勇気をふるって、彼女にじか当たりしたんです。

立木 偉い。おれは磯田教授をますます好きになってきたぞ。

シマジ 古文書ばかり読んでいたら女には縁がないものな。

磯田 わたしは結婚するまで正真正銘、立派な童貞でした。

立木 すごい! シマジなんか生まれたときから童貞じゃなかったって自慢してる男なんだ。両極端の人間は仲良くなるっていうけど、まったくその通りだ。

-ドキュメンタリー

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